マスティハの木の幹。切り込みから滲んだ樹脂が琥珀色に固まり、根元には白い石灰の土が敷かれている

Χίος — エーゲ海、キオス島の南

この樹脂は、木の傷から出る。

一年に、ひとしずく。

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01 — 名前

噛む、という名前。

ギリシャ語の μαστίχα(マスティハ。古代の綴りは μαστίχη)は、「歯ぎしりする、噛む」を意味する μαστιχάω から来ています。それが後期ラテン語の masticare になり、英語の masticate——咀嚼する——になりました。英語で「咀嚼する」と言うとき、人はこの樹脂の名前を呼んでいます。

  1. μαστίχαギリシャ語 — 噛むもの(古代形 μαστίχη)
  2. masticare後期ラテン語 — 噛む
  3. masticate英語 — 咀嚼する

マスティハは、世界最初のチューインガムのひとつと言われます。口に入れると最初はわずかに苦く、噛むうちに甘く、松や杉に似た木の香りに変わります。

島の人は、幹の傷から滲み出て涙のかたちに固まった粒を「キリストの涙」「キオスの涙」と呼びます。

出典: Wiktionary — mastic(語源) Chios Mastiha Growers Association

幹の切り込みから垂れ、空気に触れて固まりかけた透明な樹脂の粒
幹から垂れる樹脂 ピルギ、マスティハ博物館の畑

02 — 木のかさぶた

固まるから、塞がる。

マスティハの木の中には、根の先から幹、葉、芽まで、樹脂の通り道が走っています。樹脂道と呼ばれるその管は、維管束の師部にだけあります。

樹脂を出すのは、乾いた地中海の夏を生き延びるための、木の防御です。幹に傷がつくと樹脂が滲み出て、空気に触れた瞬間に固まりはじめる。固まるから、木の傷が塞がる。マスティハは、木が自分のためにつくる、かさぶたです。

初夏、農家は幹のまわりの地面を掃き清め、白い土を敷きます。そのとき幹の低いところに数か所、小さな切り込みを入れる。島の言い回しでは——

木がマスティハを出すことを、思い出すように。

キオス島の言い回し。Anna Kallimasiou『Chios Mastic Museum』(ピレウス銀行グループ文化財団、2016 年)より

出典: Approaching the “secrets” of the resin ducts in the mastic tree(Flora, 2021) Chios Mastic Museum(PIOP)

マスティハの木の幹を見上げる。樹皮の割れ目に固まった樹脂が点々と光る
樹皮の割れ目に固まった樹脂 ピルギ、マスティハ博物館の畑

03 — 地球に一か所

島の南だけ。

マスティハの木そのものは、地中海のあちこちに生えています。けれど、あの樹脂を出すのは、キオス島の南部に植えられた木だけ。島の外に持ち出すと、育ちはしても、同じ樹脂は出ません。

  1. I品種Pistacia lentiscus var. Chia。島で選び抜かれてきたマスティハ専用の変種
  2. II土厚い石灰質の土壌
  3. III地下海底火山帯の上に乗った島の南部
  4. IV空南部だけがもつ微気候
0.6mm キオス島、7 月の平均降水量 0.6 mm(平年値)

幹に切り込みを入れてから収穫を終えるまでの 7 月から 9 月は、島の、ほとんど雨の降らない季節と重なります。雨が降れば、白い土の上に落ちた樹脂は台なしになる。この樹脂は、雨の降らない空の下でしか、採れません。

出典: Chios Mastiha Growers Association ギリシャ農業省 — Chios Mastic Climate-Data.org — Chios(2026 年参照)

白い石灰の土を円く敷いた根元から、低く枝を広げるマスティハの木
白い土の円の上に立つ木 ピルギ、マスティハ博物館の畑

04 — 一年

一年に、ひとしずく。

木に傷をつけてから、涙を拾い、ひと粒ずつ選り分けるまで。マスティハの一年は、ほとんどが待つ時間と、手の時間です。

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  12. 12
  13. 植え付け 1/8
  14. 地ならし・白い土
  15. ケンティマ(切り込み)
  16. 収穫 9/14〜
  17. 選別
  18. 選別(つづき)
1 月 8 日 植え付け
聖ヨハネの祝日の翌日に植えるのが、島の習わし。採取が始まるのは 5〜6 年目から。
6 月中旬〜7 月 地ならしと白い土
幹のまわりの地面を均し、掃き清めて「テーブル」をつくる。そこに白い炭酸カルシウムの土を敷く。落ちた涙が汚れず、固まり、拾えるように。
8〜9 月 ケンティマ
幹と主枝に小さな切り込みを入れる。ギリシャ語で「刺繍」の意味。深さ 5 mm 以下、長さ 15 mm 以下。一本の木に約 100 か所を、朝のうちに、6 週ほどかけて少しずつ。
8 月の終わり ピタ
最初の切り込みから 2 週間ほどで、大きな粒「ピタ」だけを先に拾う。
9 月 14 日 収穫
十字架挙栄祭の日から本格的な収穫が始まり、月いっぱい続く。地面の涙をひとつずつ、手で拾う。
冬 選別
家の涼しい場所に置き、秋から春まで、ひと粒ずつ選り分ける。(つづく)

出典: Anna Kallimasiou『Chios Mastic Museum』(PIOP、2016 年) Mastic Life — The Mastic Tree(2026 年参照)

幹のまわりに白い炭酸カルシウムの土が円く敷かれ、落ちた樹脂を受け止める「テーブル」になっている
白い土の「テーブル」 ピルギ、マスティハ博物館の畑

05 — 手

冬、ひと粒ずつ。

拾い集めた涙は、生産者の家の涼しい場所に置かれます。そこから春までの数か月が、選別の時間です。

村の女性たちが「シニ」と呼ばれる丸い盆を囲み、針と小刀で、一粒ずつ、土や樹皮のかけらを取り除いていく。ふるいにかけ、白い土と冷たい水に一日浸し、石けんで洗い、白い布の上で乾かす。単調で、根気のいる仕事です。同時にそれは、村の女たちが集まって話す場でもありました。

この工程は、500 年のあいだ、ほとんど変わっていません。

どれほど丁寧に拾っても、木には小さな粒が残ります。10 月から 3 月にかけてそれを拾い歩く仕事があり、かつては土地の貧しい耕作者の仕事でした。島にはこんな言い回しがあります。

マスティハは、誰も見捨てない。

キオス島の言い回し。Anna Kallimasiou『Chios Mastic Museum』(ピレウス銀行グループ文化財団、2016 年)より

出典: Chios Mastic Museum(PIOP、2016 年)

幹の切り込みから滲み出た樹脂が、光を透かして固まりかけている
光を透かす樹脂 ピルギ、マスティハ博物館の畑

06 — 100 グラム

一本の木から、一年に、ひと握り。

ここまで読んで、数字を見てください。何も約束していないのに、この樹脂の値打ちが分かります。

  • 100g 一本の木が一年に出す樹脂、約 100 g 樹齢 15 年以降で 60〜250 g。採取は植えて 5〜6 年目から、ピークは 40〜50 歳、70 年目まで(Mastic Life、2026 年参照)
  • 1〜3kg 樹脂 100 kg を蒸留して得られる精油、およそ 1〜3 kg PDO の製品仕様で、樹脂に含まれる精油は 1〜3%(1997 年登録)
  • 3,384人 マスティハの 24 村を含む地域、マスティホホリアの人口 3,384 人(2021 年国勢調査) 面積 211.687 km²。この村々の手が、マスティハを拾っている
  • 24村 樹脂を出す木が育つ、島の南の村の数 メスタはそのひとつ。ジェノヴァ統治期(1346〜1566 年)に築かれた要塞村

一年かけて木が出す樹脂が、片手に載るほど。その樹脂を蒸留しても、精油は 100 分の 1 から 3 にしかならない。そして、それを拾い、選り分けるのは、人口 3,384 人の村々の手。希少という言葉を使わなくても、足りると思います。

出典: Mastic Life — The Mastic Tree Μαστίχα Χίου PDO 製品仕様(eAmbrosia) Mastichochoria — Wikipedia

07 — 守られているもの

ひとつの樹脂を、これだけの制度が囲んでいる。

EU が産地を法で囲い、UNESCO が技を守り、日本政府も指定し、欧州薬局方が規格を定め、ギリシャは法律で流通を一本にまとめています。ここに並べるのは評価ではなく、公的な記録です。

  1. EU
    原産地呼称保護(PDO)

    名称 Μαστίχα Χίου / Masticha Chiou。登録番号 PDO-GR-1558、登録日 1997 年 1 月 24 日、規則 (EC) No 123/97。

    eAmbrosia — EU 地理的表示登録簿
  2. UNESCO
    無形文化遺産

    2014 年、「キオス島におけるマスティハ栽培の知識」が代表的な一覧表に記載。ファイル番号 00993。守られているのは製品ではなく、技です。

    UNESCO Intangible Cultural Heritage — 00993
  3. 日本
    地理的表示(GI)の保護

    日 EU・EPA の相互保護により、「マスティハ ヒウ」は日本国内でも保護対象(第 31 類 天然ガム、指定前公示 2017 年 9 月 10 日)。

    農林水産省 — 日本における海外の GI 保護
  4. Ph. Eur.
    欧州薬局方 モノグラフ 1876

    幹または枝から得た乾燥樹脂滲出物として規格化。精油含量 最低 10 mL/kg、薄層クロマトグラフィーで同定する。これは品質の定義であって、働きの約束ではありません。

    EDQM — European Pharmacopoeia, monograph 1876 Mastic
  5. ギリシャ
    法律 1390 号(1938 年)

    マスティハ村に 20 の生産者協同組合を設け、その連合体を強制加入の協同組合とした。生産者は全量を組合に引き渡す義務を負い、組合はそれを買い取る義務を負う。

    Chios Mastiha Growers Association — The Entity

08 — 失われるかもしれないもの

雨が降らないから、採れる。雨が降らないから、燃える。

乾いた夏がこの樹脂を可能にし、同じ乾いた夏が畑を脅かします。起きたことだけを、年とともに置きます。

2012 年 8 月 18 日
未明に起きた山火事が島の南半分を焼き、約 13,000 ha が失われた。マスティハの木の約 40%(報道により畑の半分以上、収量の約 53%)が影響を受けた。
2016 年
南西部の火災。リティ、エラタ、ヴェッサの村では、木の最大 90% が失われた。
2021 年
40℃ を超える日が 15 日以上続いた年が、初めて訪れた。高温で木は生産を止め、休眠した。
2022 年 8 月 15・25・26 日
第一次収穫の最中に豪雨が南部を襲った。敷いた白い土が流され、マスティハは茶色く変色し、全体の約 20% が集められなかった。

それでも、翌年の 1 月 8 日には木が植えられ、初夏には白い土が敷かれ、8 月には切り込みが入ります。一年に、ひとしずく。それが途切れないことを、わたしたちは当たり前だと思わないようにしています。

出典: 2012 Chios Forest Fire — Wikipedia ICWA — Mastic producers in Greece innovate as climate change threatens harvest(2022-11-04)

石垣に囲まれたマスティハの畑。乾いた土に低い木が並び、遠くに山が見える
石垣と畑 ピルギ

09 — MESTÉA

名前は、村から借りました。

  1. i

    出会い

    はじまりは、地中海の食べものを探していたときでした。島の人が噛み、料理に入れ、酒に溶かしてきた樹脂。マスティハに出会ったのは、化粧品を探していたからではありません。

  2. ii

    島へ

    キオス島へ渡り、南の村を回りました。白い土の畑、幹の切り込み、固まりかけの涙。そのなかに、メスタという村がありました。ジェノヴァ統治期(1346〜1566 年)に築かれた要塞村で、家々の外壁がそのまま城壁になっている。路地は迷路のように入り組み、ところどころ石のアーチに覆われています。

  3. iii

    名前

    その村の名前を借りて、MESTÉA と名づけました。É の上にあるのは点ではなく、幹を伝う一粒。この樹脂の話を、そのままブランドの名前にしています。

出典: Mastichochoria — Wikipedia

1928 年に描かれたメスタ村の水彩画。石造りのアーチが連なる路地の奥に、小さな扉が見える
メスタの路地、1928 年。画 Francesco Perilla(水彩、パブリックドメイン)
メスタ村のカフェ。黒い紙ナプキンの上に置かれた、泡の立ったギリシャコーヒーの小さなカップ
メスタのカフェ、2026 年 9 月 メスタ

同じ村の、およそ 100 年を挟んだ二枚。

約束できること

MESTÉA が語るのは、素材に何が起きたかです。どこで、誰の手で、どれだけの時間をかけて採れた樹脂なのか。それをすべて出典つきで置くこと。それが MESTÉA の約束です。

企画・販売 合同会社アミティエ(鹿児島市)/製造は国内のパートナー工場。日本製。詳細は 特定商取引法に基づく表記・会社情報。

10 — 次の収穫

次の収穫から。

最初の化粧水は、次に採れる樹脂からつくります。本数が決まり次第、この名簿の方から順にご案内します。

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